2006年10月27日 (金)

NO SIDE 第15話~ミウ3~

その彼が私がバイトしている
喫茶店に来たのは、
4月の終わり頃だった。
あの初対面以来、
彼の事は気にはなっていた。
同じ失敗を繰り返すのは
嫌だったので、
あの教室で講義のある時は、
早めに行くようにしていた。
その甲斐があって、
セナとの約束の席は、
ずっと確保できていた。
それと同時に、
彼がどの席に座ってるのかが
気になっていた。

その日私は、歌のレッスンが
長引いてしまい、
バイトの時間に遅れてしまった。
このくらいの時間帯は、
滅多にお客さんはいないので、
店への道を急ぎながらも
マスター一人でも
大丈夫だろうと考えていた。

「マスター、ごめんね!遅くなっちゃった」

お客はいないと思い込んでいた私は、
店に入るなりマスターに向かって
大声を出した。
マスターはあわてたように
口元に指をあて、
「ミウちゃん。お客さんがいるんだよ」
と私を嗜めた。
その時のお客が彼だったのだ。
そして私は、ようやく彼に
あの日のお礼を言う事ができた。
そして彼の名前が
「トキヤ」である事を知った。

それにしても、私は相変わらずだった。
私は男性とのコミュニケーションが、
どうも苦手なようだ。
意識しているわけではないのだが、
自分でも嫌になるくらい、
可愛くはなかった。
彼に私がどんな風に映ったか
気になっていた。
きっと私が自分で感じてるように、
気の強い、生意気な女性として
映っているに違いない。
そう思うと、なんか辛かった。

それにしても初対面から
こんなに気になる男性は
初めてだった。
ただその頃の私は、
その気持ちが「愛」に変わるなんて、
夢にも思っていなかった。
 

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2006年10月 6日 (金)

NO SIDE 第11話~突然のデート3~

ミウのおばさんは、黙って僕たちの会話を
聞いていたが、飲み物がなくなったのを見ると、
新しい飲み物を持ってきた。

「ありがとう、おばさん」
「ミウちゃんさ…、これからどうするの?」
「そうだね…。とりあえずここには住めそうだから、
もっとバイトを増やして…、何とか大学は続けるわ」

僕はずっと気になっていたことを
ミウに聞いてみた。
「あのさ…。ミウのご両親は?」
その質問には、ミウではなく、
おばさんが答えた。
「ミウちゃんの両親は、ミウちゃんが中学の時に
亡くなっているの」
「えっ!…両親ともですか?」
「そう。不幸な事故でね。
それからミウちゃんは、おばあちゃんと
ずっと二人で暮らしてきたのよ。
こう見えてこの子、苦労してんのよ」
「それじゃ、おばあちゃんが亡くなってしまったら…」
「そう…。一人になっちゃたね。ミウちゃん」
そんなおばさんの言葉にミウは、
「私は大丈夫よ。
おばさんが近くにいてくれるし、
おばあちゃんがいなくなって寂しくないって言えば
ウソになるけど…、私は大丈夫」
と自分に言い聞かせるように言った。
そしてまた一言「大丈夫」と繰り返した。

(…バイトしていたのは、学費のためだったのか)

僕はなぜミウが外で強がっているのか
わかったような気がした。
彼女はきっと甘える事が出来ないのだ。
自分が生きていくことに必死なのだ。
だから、強がることで心のバランスを
保っているのだと思った。
きっと自分のエリアの中に誰かが入ってきたら、
というより、誰かをそこに入れてしまったら、
自分が壊れてしまうという思いで、
あんなに強がっていたのではないかと。

僕はミウの家からの帰り道、
ずっとそんな事を考えていた。
そんなミウの心を知ってしまったあの時に、
きっと僕はミウに恋をしたのだと思う。

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2006年10月 4日 (水)

NO SIDE 第10話~突然のデート2~

それは、小さなお葬式だった。
参列していた人数は20名くらい。
後でミウに聞いたら身内ではなく、
近所の人や、おばあさんの友達らしい。

坊さんのお経が始まり、焼香が始まった頃に
ミウが僕のところに楽譜を持ってきた。
「これ…。すぐ弾けるでしょ?」
「…まぁ、これくらいなら」
渡された楽譜はジャンニスキッキの
「私のお父さん」だった。
「じゃあ、お願いね。お経が終わったら演奏するから」
「あのさ…。ピアノを弾くのはいいんだけど…。
これは何?君のおばあさんの葬式?
なんで僕を連れてきたんだ?」
「ごめん、後で話すから…。
ピアノお願い。ばあちゃんの大好きな曲だったから」
そう言うとミウは自分の席に戻っていった。

そして…、演奏は無事終わった。

ミウの歌声を初めて聞いた。
とても澄んだ美しい声だった。
ドラマチックなアリアを歌うには、
物足りない声質だと思うが、
チャペルで賛美歌など歌わしたら、
とてもピッタリくると思う声だった。
そしてその歌声は、
僕にとってはとても心地の良い声だった。

その日の葬式は、ミウの歌で終了だった。
通常であれば、火葬場に向けて
出棺をするのだろうが、
今日はお経をあげてもらうだけという事だった。
そういえば、今日この場所に
ミウの両親らしい人を見かけなかった。
当然、おばあさんの葬式なら、
両親を始め、身内の人が参列していて
おかしくはない。

参列の人が皆帰り、
ようやく家の中は僕たち3人になった。
ミウのおばさんが飲み物を持ってきたので、
ようやく僕たちは落ち着くことができた。
「三杉くん、ご苦労様でした」
「うん、君もお疲れ様」
「ピアノありがとうね。歌いやすかったよ」
「あの曲は知っていたからね。
知らない曲だったら、無理だったと思うよ。
初見はあまり得意じゃないんだ。」
「そう?何でもさらっと弾いてしまいそうだけど」
「そんなわけないだろ…。
ところで、君の声いい声だね」
「本当?先生にはもっと迫力出して歌いなさいって
言われてばっかりだけど」
「いいんじゃないの。皆が皆同じように
声を張り上げて歌えばいいってもんじゃないでしょ」
「そう言ってくれると嬉しいけど」

家の中で見るミウは、
学校や喫茶店で見るミウと比べて、
すごくやわらかい感じがした。
そして、そんなミウの方が
何か自然に感じられた。
そして僕は、
そんなミウが少し
愛しいと思っていた。

Ob4

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2006年10月 3日 (火)

NO SIDE 第9話~突然のデート~

「こんなところで何してるんだ?」
「…あっ」
「バイトは?」
「今日は休んだ」
「何で?」
「別に…」
「なんだよ、また秘密か…。別にいいけどさ」
僕はミウと並んで傘たてに座ってみる。
「へぇ…、初めて座ってみたけど、
ここに座っている奴らの気持ちが何となくわかるな」
ミウはとなりに座った僕を見て
嫌がっている感じではなかった。
とは言っても歓迎している感じもない。

「三杉くん…。今日これから時間ある?」
「今日?後は帰るだけだから時間はあるけど」
「じゃあ、ちょっとつきあってくれる?」

ミウとつきあうようになって
なぜあの時ミウがあの場所にいたのか聞いた事がある。
「あなたを待っていたのよ」
偶然ではないとミウは言っていた。
それが本当かどうかは今でもわからない。
ただあの日、あの場所でミウと会ったことが、
それからの僕の人生を大きく変えた事は
間違いない。

「ついてきて」
とミウが先を歩き出す。
傘にあたる雨音を妙に大きく感じながら
ただ黙って僕たちは歩いた。
池袋の駅に着くと、ミウは僕の分の切符を買い
僕に渡した。
「どこに行くんだ?」
大学を出て初めて僕がしゃべった言葉だった。
「西武線に乗っていくわ。とにかくついてきて」
ミウはそれ以上何も言わなかった。

初めて乗った西武線だったが、
行き先のわからない僕は
落ち着いてその事を楽しむ気分ではなかった。
電車の中でもミウと僕は何も話さなかった。
ミウはただ流れる景色を見て、
僕は電車内の広告に目を移していた。
20分くらい乗っただろうか、
ある駅に到着した。
「ここで降りるよ」
というミウの声に促され、僕たちは電車を降りる。
もちろん知らない駅だった。
「…どこここ?まだ東京?」
「東京だよ。ここからあとちょっと歩くよ」
「…」

駅を出て初めて通る商店街をぬけていく。
ミウは急いでいるのか、早足で歩いていくので
彼女の後をつけるのが精一杯で
ゆっくりと町並みを楽しむ事はできなかった。
10分くらい歩いたろうか、やがて一軒の家の前に着く。
「着いたよ」というミウの声。
「…えっ?どこなのここは?」
「わたしの家よ。入って」
「えっ、家?なに、どうゆうこと?」
僕はあらためて目の前の家を見る。
見慣れないちょうちんが軒先に下がっている。
よく見ると花も飾ってある。
(…葬式?)
ミウに何か尋ねようとしたが、
僕に構わず家の中に入っていく彼女を見て
あわてて僕も家の中に入った。

「ミウちゃん遅いよ!もう始まるよ」
中年の女性が少し怒った顔で僕たちを迎えた。
「ごめんね、おばさん。ちょっと学校で遅くなっちゃた」
「あなたがいないと、おばあちゃん寂しがるでしょ」
「そうだね。ごめん」
「あら…、そちらの人は?」
ようやくその女性は僕の存在に気づいた。
「大学の友だち。今日ピアノ弾いてもらうから」
(えっ!ピアノ?…なに?)
「あら、それはすみませんね。
ミウちゃんの歌に見送られるのが
夢でしたから、おばあちゃんきっと喜ぶわ。
どうぞあがってください」

僕はひどく混乱していた。
ここはミウの家で、おばあちゃんの葬式らしく、
そして僕がピアノを弾く…?
わけがわからないまま、
僕は家の中に入っていった。

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2006年10月 2日 (月)

NO SIDE 第8話~6月~

6月になった。
今年はいつもより早く梅雨がやってきた。
そして雨の日の多い6月だった。
この頃になると僕もすっかり
大学生活に慣れていた。
ピアノ専攻以外の科の知り合いも増えた。
大学にはピアノやバイオリンなどの楽器専攻以外に、
声楽、作曲、指揮、教育など多くの科がある。
中でも声楽や教育の連中は同じ講義を受ける事が多く、
男女問わず仲良く接する機会が増えた。

そんなわけで入学前にイメージしていた
大学生活に近づいた毎日を僕は過ごしていた。
ただそんな僕には、6月に入り気になる事があった。
ミウの姿を見かけなくなったのだ。
もっとも僕とミウは全て同じ講義を
選択していたわけではない。
ミウの姿を見かけないことは今までもあった。
ただ、あの「ミウの席」のある教室では
いつも同じ講義を受けていて、
必ずミウの事を目にしていたのだが、
最近は、その教室でもミウの姿を
見かけない日が多くなった。

ある日講義が始まっても
ミウがあらわれない事を確認して、
僕は「ミウの席」に座ってみた。
…あの日以来だった。
例のミウと書かれた落書きは残っていた。

なぜ彼女はこの席にこだわるのかを考えていた。
(夏の講習から決めていた)と言っていた
ミウの言葉を思い出した。
あの時に何があったのだろうか?
この席に彼女を繋ぎ止めるほどの
大きな出来事があったのだろうか?
僕も夏の講習には参加していたが、
その時にはミウの事など知らなかったので
彼女に何があったとしても知る術はない。

その日ピアノのレッスンが終わり、
僕はあの喫茶店に向かった。
猪俣と一緒に行ったあの日以来、
3日に一度は通うようになっていた。
それは純粋にコーヒーの味が気に入ったわけで、
ミウに会うために通っていたわけではない。
店に着いて驚いた事にミウはバイトをしていた。
「学校休んでもバイトはしてるんだ?」
注文を聞きにきたミウに尋ねる。
「まあね…。私のことチェックしてるわけ?」
「今日は音楽社会学があったろう。
そりゃ、あの席は気になるからさ…」
「ちょっとね、色々とあって」
「一年のうちに単位落とすと後がきつくなるぞ」
「そんなことはわかってるよ。事情があるの」
「バイトはしてるじゃないか」
「それも事情があるの…。いつものコーヒーでいいの?」
「あのさ…、もう少し楽になったら?
そうやって突っ張っていると疲れないか?」
僕の言葉には答えずにミウはカウンターに戻っていった。
僕はそれ以上の詮索をやめた。

数日がたった。
その日も朝から雨が降り続いていた。
その日の講義が終わると、
明日の講義の確認をするために
入口近くにある掲示板に向かった。
大学にはその辺りに大きな傘置き場が設置されている。
ほとんどの講義がその校舎で行われるため、
学生のためにそんなバカでかい傘置き場を
設置したと思うが、
ほとんどの学生が教室まで傘を持ち込むため
意味のないものだった。
むしろベンチ代わりにその傘たてに腰を下ろし、
話し込む学生の姿が多く見られた。

掲示板を確認していると、
その傘たてにミウの姿を見つけた。
いつもならバイトをしている時間だと思うが、
傘たてに腰掛けてぼんやりしていた。
何となく元気がないように見える。
そんなミウの姿を見るのは初めてなので、
思わず僕はミウに話しかけていた。

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2006年10月 1日 (日)

NO SIDE 第7話~そして再び~

話し始めてみたら思っていたよりも
スムーズに話をすることができた。
それはきっと隣で聞いてくれているセナさんが、
ちゃんと話を聞いてくれていたからだろう。
彼女は真直ぐに僕を見ていた。
そして目をそらさずに僕の話を聞いてくれた。
時おり微笑んだり、頷いたり首をかしげたり、
ちゃんと僕と向いあってくれていた。

考えてみればミオを失ってから
こんな風に誰かと向かい合って
話すことなどなかったのだ。

「そっか…。二人の出会いは最悪だったわけだ」
「そうだったんだ。
ミウは今まで僕が知っている女性の誰よりも
最低の印象だった」
「でもあなたの中に強烈なイメージを
残したわけね」
「そうだと思う。普通に出会っただけだったら、
もしかしたら好きにならなかったかもしれない」
「なんかわかるなぁ、その気持ち。
最初のイメージは良すぎるか悪すぎる方が
きっと後でいろいろな発展があるんだろうね」
そして彼女は少し寂しそうに微笑んで言った。
「その点私なんかダメだわ。すごく普通だもの」
「そんなことないよ。僕は初めて会って、
こんなに楽な気持ちでいられる女性は初めてだよ。
それもすごく印象的なことだと思う」
「…ありがとう」
何かとても嬉しそうに彼女は微笑んだ。

あまりにも僕たちが座っていたベンチでは暑いので、
僕と彼女は公園の近くのカフェに移動した。
今ではあたりまえのように見かけるカフェだが、
僕の学生の頃にはなかった風景だ。
コーヒーが飲みたければ、ミウがバイトしていたような
喫茶店に行くしかなかった。
そしてそんな喫茶店でコーヒーを飲むことが
ステイタスでもあった。
カフェはどこへ行っても同じ味を楽しめる
安心感はあるが、何か物足りなさを感じる。
喫茶店のコーヒーは、その店により味が違った。
初めての店では、どんなコーヒーが出てくるのかが
本当に楽しみで、あの待っている時の時間は
かけがえのないものだった。
けして安くない飲み物だったので、
味がハズレた時には、本当にがっかりしたものだ。

「あの頃はこんな風に気楽に
コーヒーが飲めるなんて考えられなかったよ」
彼女はそんな他愛のない話でも
真剣に聞いてくれた。
「そうね…。私、あなたと同じくらいの年齢だと思うから、
なんとなくその気持ちがわかるわ」
「…セナさんて何歳なの?」
「初めて会った女性に年齢を聞くのは
ルール違反よ」
「そうだね。…失礼だよね」
「ねぇ…。続きを話してよ。
そんな二人が、なぜつきあうようになったのか。
すごく知りたいわ」
「ミウとつきあうようになったのは、
そうだな…、きっかけは雨かな」

そして僕は再び1995年に戻った。

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2006年9月30日 (土)

NO SIDE 第6話~なぜ?~

「お待たせしました」
コーヒーを運んできたのはミウだった。
「こんにちは。たしか同じ大学だよね?」
猪俣がミウに話かけた。
「そう…?同じ大学なの?」
(…すぐに気づけよ)と思いながら
僕はミウにたずねた。
「…僕にさ、見覚えない?」
「…あっ!」
「思い出してくれたか…。
初対面でいきなり席を奪われた男のこと」
「そうだったわね。あの時はありがとうね」
何故かミウは(ごめんなさい)ではなく、
(ありがとう)という言葉を使った。
僕は少し意外な感じがした。

「ここでバイトしてるんだ?」
「そうよ。7時くらいまでね」
「音大のお嬢様でもバイトするんだ。
…何?社会勉強?」
僕は自分でも考えられないほど、
ミウに対してきつい言葉を投げた。
「なによ…。まだあのこと根に持ってるの?
悪いけど私、お嬢様じゃないわよ」

猪俣は驚いた表情で僕たちのやりとりを見ながら、
「なにお前ら…知り合いだったの?」と言った。
「記念すべき最初の講義で、いきなりガンをつけられたんだよ」
「品のない言い方ね。
あなたが勝手に私の席に座ったからでしょ」
「…だから、なんであの席が君の席なんだ?」
「いいじゃない別に理由なんて。
たまたまあなただったけど、誰が座ってても
私は同じことをしたわよ」
「どいてもらうのでもさ、言い方があるじゃないか。
あれじゃまるで喧嘩売ってるみたいだ」
「もう!しつこいな。
さっき(ありがとう)ってお礼言ったし、もういいでしょ」

ミウと僕のやりとりを黙って聞いていた猪俣が
「あのさ…。せっかくこうして会ったんだし、
楽しくやらないか?」とあきれたように言った。
考えてみれば猪俣の言うとおりだった。
この一ヶ月、あの席に座れないことなど
たいして気にもしてなかったはずだ。
ただ、こうしてミウに会って話をしてみると、
なぜか自分の中で思ってもいない言葉が溢れてきてしまった。

「…そうね、同じ大学同士だもんね。
…わたしミウよ。梶本ミウ」
「俺、猪俣 大」
「…三杉トキヤ」
そんな自己紹介が終わった時、
新しい客が店内に入ってきた。
(いらしゃいませ)と言いながら
ミウはカウンターに戻っていった。
僕はそんな彼女を目で追いながら、
彼女が運んできたコーヒーに口をつけた。

「どうよ?」
「…なんだろうな…。初対面があまりに悪かったからな。
…でもバイトしてるのは意外だった。
どうせそんな必要もないお嬢様だと思ってたからさ。
入学してまだ一ヶ月だろう…
もうバイトしてるって、なんか理由があるのかな?
それにしてもさ、本当に気の強い女だよな。
顔にも出てるっていうか…。
最初の時も思ったけど、あんな女初めてだよ。
ここのマスターも大変だよな。
あんなの雇っちゃってさ」
一方的に捲くし立てる僕を見ながら、
猪俣はあきれた顔で言った。

「…俺が聞いてるのは、コーヒーの味なんだけど」
苦笑している猪俣の顔を
まともに見れない僕がいた。

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2006年9月29日 (金)

NO SIDE 第5話~そして1ヶ月が過ぎて~

その後もミウの事が気にならなかったと言えば
嘘になるかもしれない。
あんなに強引で我の強い女性は
初めてだったので、強烈に僕の印象には残った。
あの教室で講義がある日は
ミウが例の席に座っているかどうか
一応は確認していた。

だからといって、
それ以上の特別な感情が芽生えたわけではなかった。

大学生となった初めの1ヶ月は、
あっという間に終わった。
自分が思っていたよりも男の同級生が多かった。
もっと女性ばかりのキャンパスをイメージしていたので、
かなり意外ではあった。
そうは言っても数少ない男同士、
すぐに仲良くなった。
中でも猪俣という同じ科の奴とは、
お互いクラシックよりもロックが好きという
意見で意気投合して、色々な事が話せる仲になった。

「おい、三杉」
「…なに?猪俣」
「お前さ、ここら辺でいい喫茶店探してたじゃん」
「ああ」
「俺見つけたぜ。いい喫茶店。今日行ってみないか?」

僕は大学生になったら、
学校の近くでくつろげる喫茶店を探していた。
行きつけの喫茶店をつくることが
僕のささやかな一つの夢だった。
そんな話を最初の頃猪俣に話していたので、
見つけてくれたらしい。
その日の授業が終わると
僕は猪俣と一緒に、そのお勧めの喫茶店に向かった。
その店の場所は大学より池袋駅とは反対の方に
さらに緑の中を歩いていく中にあった。
この辺りでは珍しい、ロッジ風の外観のお店だった。

「…どうよ?いい感じでしょ」
「そうだな。お前にしてはセンス良さそうだな」
「なんだよそれ…。まあいいか、中入ろうぜ」

猪俣を先頭に店の中に入る。
中は外観に比べて狭く感じた。
でもその店内の雰囲気は悪くない感じだった。
本当はカウンターに座りたかったが、
最初からそこに座るのは抵抗があったので、
僕たちは入ってすぐの席に座った。
店内のBGMはジャズだった。
(…このピアノはオスカー・ピーターソンだな)
悪くない選曲だった。

「いらっしゃい」
この空間にピッタリの風貌の
マスターらしき人が水を運んできた。
その人は猪俣の方を見て
「この前も来てくれたね。ありがとう」と話しかけてきた。
「マスター、彼は三杉トキヤ。大学に入って初めて出来た友達」
と猪俣が僕のことを紹介した。
「三杉くんか。今日はありがとう」
「いいえ…。素敵な店ですね。外観もBGMも中も素敵ですよ」
「そうかい?ありがとう。後はコーヒーが合格ならいいけどね」
「その点は俺が保証します。マスターのコーヒー最高です」
すかさず猪俣がそう言った。
マスターは柔らかい微笑で僕たちを見て
「じゃあコーヒーでいいかな?」と言いながらカウンターに戻っていった。

コーヒーがくるまでの間、猪俣と学校についての他愛の無い話をしていた。
時間が半端なのか、僕と猪俣以外には誰もいない。
店には悪いが、それも僕にとっては気に入る喫茶店のポイントだった。
その時突然扉が開き、僕たちの静寂な空間がかき消された。

「マスター、ごめんね!遅くなっちゃった」

中に入ってくると同時にデリカシーのない大声で
マスターに向かって歩いていく。
その声には聞き覚えがあった。
「ミウちゃん。お客さんがいるんだよ」
マスターの嗜める声。

そう…それはミウだった。

Ob3

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2006年9月28日 (木)

NO SIDE 第4話~はじまり~

1995年 4月

 4月だというのにやけに蒸暑い。
今日は最初の授業なので、
気に入っている上着を着ていこうと思ったが、
この暑さでは、ちょっと無理そうだ。
大学にストレートで受かった事を
誰よりも喜んでいたのは父だった。
自分が大学に行けずに、
今の会社で自分の力が
学歴以上に評価されていない事を何より悔やんでいた。
だから自分の息子には「大学卒」という肩書きを
どうしても付けたかったらしい。
ただその進学する大学をどうするかという事に関しては、
随分と僕と衝突しあった。
僕は特別な大学に進むよりも、
一般大学に進学する事を希望していた。
父は僕が小さい頃より続けていた
ピアノの技術を生かせる大学に進むべきだと主張していた。
僕は特別自分にピアノのセンスがあるとは思えなかったので、
受験に苦労する事がわかりきっていた
音楽大学への進学には躊躇していた。
しかし、父親の情熱に折れる形で音楽大学を受験。
どういうわけか、ストレートで受かる事ができた。
そして入学式も無事に終わり、
今日は本当の意味の大学生活が始まる日だ。

大学のある池袋に到着した。
行きの電車はものすごいラッシュだった。
これから、あの地獄の電車に
毎日のように乗ることを考えると憂鬱だ。
池袋と言っても大学は郊外にある。
そこまでの道のりは都内とはいえ緑にあふれ、
なかなか気持ちが良い。
大学に到着すると、まず今日の講義の教室を探す。
「音楽社会学」という、どう考えてもつまらなそうな講義が
記念すべき最初の授業だ。
この時間に来ているのは、1年生くらいだと思うが、
思ったよりも学生の数が多かった。
講義の行われる教室に到着。
(…ああ、この教室か)
この部屋には見覚えがあった。
夏の講習会の時に待ち合いスペースとして使っていた場所だ。
そういえば、あの時ここで待機していた男たちと口論になった。
あの時の男たちは、ここを受験して受かったのだろうか?
教室を見渡して見たが、それらしき連中はいなかった。
(ちゃらついた奴らだったから不合格だったか?)
どうでもいい事だったが、顔を合わせるのも面倒くさかったので、
見当たらないことに安堵した。

座る場所はどこでも良いらしい。
僕は窓際のなるべく後ろの方の席に座り、
講義が始まるのを待っていた。

「ねぇ」
突然僕にかけられた声に驚いた。
僕の席のとなりに一人の女性が立っていた。
ちょっと気の強そうなつり上がった目が印象的だ。
(…化粧が濃すぎ)
そんな感想を思っていた僕を睨み付けながら
「そこ、どいてくれない?」と想像もしてなかった事を言った。
「えっ?なんで?」
「そこ、私の席なんだよね」
「…?。席って好きなとこ座っていいんじゃないの?」
「そうだけど、そこは私の席なの」
「何?何言ってんの?席なんて決まってないじゃん」
「決まってるのよ。ここはわ・た・しの席なの」
するとその女性は机の上を指差した。
指差された場所を見て見ると、小さい字で
(ミウ)
と書かれていた。
「これが何?」
「ミウって書いてあるでしょ。これ私の名前。
夏の講習の時から、この場所で講義を受けるって決めてたの。
これがその証拠よ…わかったら、どいてくれる」
(なんなんだ、この女)
僕は相当ムカついていたが、
通学初日からこの女性とやりあう気力もなかった。
仕方なく僕はひとつ後ろの席にまわった。
その女性はそんな僕に礼を言うことなく、
僕のいた席に座り平然としている。
こんなに我儘な女性を見るのは初めてだった。

このように、ミウに対する僕の第一印象は
最悪だった。

Ob2





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NO SIDE 第3話~セナ~

「セナ…さん?」
「そうセナよ」
「初めましてだよね?」
「…そうね。ねぇ、まだあまり喋らない方がいいんじゃない?」
「大丈夫。だいぶ気分は良くなったよ」
そう言った僕の顔を見て、彼女は微笑むと立ち上がった。
「それにしてもいい天気…。本当に気持ちいいね」
彼女に言われて、あらためて辺りを眺めてみる。
本当だ。こんなに気持ちの良い天気の日だったのだ。
(…ミウの結婚式、晴れてよかったな)
思わず僕はそんな事を考えていた。
ミウはアメオンナなので、
デートらしいデートの時はほとんど雨だった。
だから大切な結婚式の日は
雨の少ない季節を選ぼうといつも二人で話をしていた。

「ねぇ…本当に大丈夫?」
そんな事を思い出して黙り込んでた僕を
いつのまにか彼女が心配そうに覗き込んでいた。
「…ごめん。大丈夫。ちょっと思い出した事があって」
「こんな事聞いていいかわからないけど、
何があったの?本当に顔色悪いよ」
「…うん」
「つらいんだったらさ、話してみてよ。
力にはなれないかもしれないけど、
話を聞いてあげる事はできるから…。
きっと話せば楽になれるよ」

(…そうなのかな?)

「初めてあった私には、とても話せないような事?」
「そんな事はないけど」
不思議だった。彼女には会ったばかりなのに、
僕は彼女に自分の事を話してもいい気分になっていた。
(…初めて会った気がしないな)
あらためて彼女の顔を見ても
やはり僕の記憶の中に彼女はいなかった。
「なに?」
「あのさ、セナさんと会うのって本当に初めてだよね?」
「そうだと思うけど」
「そうだよね…。初めてだよね」
「…私って普通だから、似たような人が世の中にいっぱいいるのだと思う。
きっとその中の誰かと間違えているんじゃない。
…そうだ、あなた名前は?」
「僕はトキヤ」
「トキヤさんね。
ねぇトキヤさん、話してみて。あなたがそんなに苦しんでいる事」
「…実は、今日…」
そして僕は彼女にミウの結婚式での事を話した。
結婚を約束していた女性が、今日別の男と結婚したこと、
僕がその会場に乗込んでいった事、
ミウが僕に気づいても、何も感じなかったこと…。

彼女は黙って僕の話を聞いてくれた。
一方的に喋りまくっている僕の話を
何も言わずに黙って聞いてくれている事がありがたかった。
僕の話が終わっても、彼女はただ僕を見ていてくれた。

どのくらいの時間が過ぎたのだろう。
いつの間にか遊んでいた子供たちもいなくなっていた。
「話してくれてありがとう。どう、少しは楽になった?」
「…そうだね。少しは楽になったかな」
「あのね。ミウさんとはどこで出会ったの?」
「…ミウと出会ったのは大学だよ」
「そっか大学なんだ…。ねぇ、その時の話も聞かせてよ」
「えっ、出会った時の話を…なんで?」
「いいじゃない。いろいろ話を聞いてみれば、
ミウさんの気持ちがわかるかもしれないし…
いいアドバイスできるかもよ」
そう言って、少し悪戯っぽく彼女は微笑んだ。
そして僕は彼女にのせられるままに、
ミウとの出会いを話し始めた。

後から考えれば、僕からミウの話を聞くことは
セナの計画通りだったのだろう。
ただ全てがわかった今でも、
僕はあの時のセナに感謝している。
あの時セナに会わなかったら、
会って話をしなかったら、
きっと僕はずっと真実を知ることができずに
苦しみ続けたと思うから。

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2006年9月27日 (水)

NO SIDE 第2話~出会い~

どのくらい眠っていたのだろう?
やたらに眩しい光と、気だるい程の暑さ、
そして子供達の遊ぶ声で目が覚めた。
「…」
まるで僕の頭の中は考える事を拒否するかのように止まったままで、
そして僕の体は自由を奪われていた。

(…か、からだが動かない)

それにしてもここはどこだろう?
目に映るのは、太陽の眩しい光と緑…、
突然、僕の顔を覗き込む影でその光が遮られた。
「気づいた…気づいたの?」
その影は人の顔だった。
(…誰かがそばにいる。誰だ?)
「よかった。なかなか起きないから心配したよ」
ようやく動き出した僕の頭で考えても、
その声に聞き覚えはない。
(…誰?)
少しづつ僕を覗いている顔が見え始める。
(女だ…、誰?)
知らない女性だった。
知らない女性の顔が僕を心配そうに見ていた。
「…きみ誰?」
「あっ…、やっとしゃべったね。大丈夫?ずいぶん気を失ってたよ」
僕の質問には答えずにその女性は僕の頭にのせてあった
ハンカチを取るとその場を離れていった。
まだハッキリとは戻らない視線でその彼女を追う。
彼女は近くにある水飲み場でハンカチを濡らしていた。
どうやらここは公園らしい。僕は公園のベンチにねているのだ。
辺りを見渡すと、数人の子供たちと
その親と思われる女性の姿が目に映った。
まったく記憶に無い公園だ。
そんな事を考えている僕の頭が急にひんやりとした。
彼女が戻ってきて冷やしたハンカチを頭にのせたのだ。
「…ありがとう」
とりあえずといった感じで僕は礼を言った。
「少し顔色良くなってきたね。ここがどこだかわかる?」
「公園…、でもなんでここにいるんだ?」
「わからないの?あなたここにずっと倒れてたわよ」
「ここに…?なんでここに」
「知らないけど、私のお気に入りのベンチに
あなたが気を失ってたからビックリして…。
とりあえず頭だけでも冷やそうと思って…」
「そっか…。ありがとう」
「どういたしまして…。何も覚えてないの?」
「…覚えてない」
僕は何をしてたのか?
何で気を失っていたのか?
思い出そうとする僕の中にチャペルの映像が蘇ってきた。
(そうだ…、チャペル、ミウ、結婚式)
僕はミウの結婚式を見届けにチャペルに行ったんだ。
そしてウエディング姿のミウを見て、
僕を見ても何も感じていないようなミウの目を見て、
そしてチャペルを出て…その後気を失ったんだ。
(…でもなぜここに?)
ここにいる理由がどうしてもわからなかった。
(まあ、そんな事はどうでもいいか)
道に倒れていた僕を見かねて、ここまで運んでくれた人がいるのだろう。
少し楽になった僕は体を起こし、あらためてとなりの彼女を見た。
やはり知らない女性だった。
「起きて大丈夫?」
「うん。少し楽になった。ごめん…君は誰」
「私…私はセナ。セナよ」
それが、僕とセナの出会いだった。

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NO SIDE 第1話~プロローグ~

何度も夢見ていたチャペルの前に僕は立っていた。
「ここで結婚式あげようね」
チャペルの前を通るたびに言っていたミウの言葉が聞こえた。
そしてその時の彼女の笑顔も一緒に思い出した。
しかし、彼女は僕ではない別の男を選んだ。
僕はミウから何を奪ってしまったのだろう。
そして何を与える事ができなかったのだろうか?

今日はミウの結婚式だ。
今まさにこの中に幸せを願う彼女がいる。
そして僕はそんな彼女を見届けにきた。

初めて触れるチャペルの扉は大きかった。
扉を開けて中に入る。
さっきまでかすかに聞こえていたオルガンの響きが
リアルな大きさになった。
扉が開いた音に驚いて、いくつかの目が僕を見た。
でもそれは一瞬で、すぐにその視線も祭壇の二人に戻った。
「ミウ…」
ウエディング姿の彼女は確かにそこにいた。
牧師に向かって立っている彼女の姿は、
僕が思っていたよりずいぶん小さく見えた。
「ミウ」
いつの間にか僕は声を出して彼女を呼んでいた。
しかしその声は彼女までは届かない。
セレモニーはクライマックスの指輪の交換になった。
彼女が彼と向かい合う。
彼女の横顔…そこには僕の知らないミウの顔があった。
あんな表情の彼女を僕は見た事がない。
「ミウ!」
いつの間にか僕は大声をあげていた。
なぜ僕は彼女を呼んでいる?
彼女に僕の存在を気づかせて、そしてどうなるんだ?
しかしそんな僕の存在を認めないかのように、
チャペルに集まっている人たちは僕を見ない。
そして指輪の交換は何事もないように続く。
ミウにはめられた指輪…そしてミウから彼に。
「ミウ!!」
僕はさらに声をあげた。
その時、ミウが僕を見た。
(気づいてくれた!)
何かを期待していたわけではない。
ミウに僕の存在を気づかせて、
僕は彼女を試したのかもしれない。
しかし彼女の顔は、その表情は何も変わらない。
彼女は僕を見ても、何事もなかったように
彼の指にリングをはめたのだ。
そうだ、もう終わった事なのだ。
僕だけの時間が止まっていたのだ。
ミウは僕とじゃない新しい幸せを選んだのだ。
僕は振り返りチャペルの扉を開けて外に出た。
外の光は眩しかった。
それは本当に巨大な光で、僕を包み込んだ。
「…ミウ」
そして僕の意識は遠のいた。

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